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佐世保市消防の沿革

 佐世保市における消防組織が、はたして何時頃から存在していたのかについては的確な記録が残っておりません。
  しかし、明治27年の勅令によって全国的に「消防組」が統制される前から、「若者中」としての火消しがあったことは事実のようで、佐世保消防のあゆみを調べていくと、次のようなことが記されています。

  ある古老の話によると、「何年頃からあったか正確なことは記憶に無いが、明治23年4月に明治天皇が佐世保海軍鎮守府開庁式に御臨奉遊ばれた際、御警備を兼ねて行幸を拝していた消防服姿の人々を確かに見た。梯子や水手桶を持っていたように思う。
  明治19年、鎮守府設置の決定を見るや長い間深い眠りに埋もれていた寒村佐世保はたちまち都会建設が始まり、山は崩され、沼地は埋められ、そこには次から次へ家と工場が建設された。
  さらには多くの人々の往来が盛んになるにつれ、火災に対する消防の備えが唱えられたであろうから、当然火消し制度も生まれていたと観るべきである。」

  爾来100年を越える歴史を佐世保市消防は歩み続けています。

佐世保消防の礎を築かれた人々


  本市の消防は明治27年2月10日の勅令第15号により、消防組という組織の3組(約120人)で創設され、その後明治35年の市制施行において、消防組を改組して佐世保市消防組とし、7組 359名で新しく発足するに至りました。

  大正11年には、初めてエンジン駆動式消防ポンプ(手引型)が導入され、動力消防ポンプの時代へと移っていきます。

木風消防組

  昭和14年、戦時において消防組を解散し警防団を組織するに至り、さらに戦時下の防空体制確立のため昭和18年勅令により警察の統治下における官設(常備消防制度)が設けられ、佐世保消防署が設置されました。

佐世保消防署創設当時の状況


  しかし、昭和20年の佐世保大空襲では、市街地の大半を焼失すると同時に、消防施設の大半も壊滅的な打撃を受けました。

 そして終戦後の昭和23年3月、消防組織法が施行されるに至り、消防は警察から分離独立して自治体消防となり、新たに発足することとなりました。

  この時の陣容は、1署4派出所の198人、この他に非常備の消防団が6団の1,430人であり、本市における各種災害に対しての防除体制が整うに至りました。

昭和32年頃の消防本部車庫前の風景

  昭和30年代の後半からは日本経済の急速な発展に伴い、昭和38年に救急業務が法制義務化され、更に昭和40年代に入ると産業経済の発展並びに国民生活の向上に伴って各種の災害が多様化且つ広域化するに至り、消防体制の充実が大変重要な課題となりました。

  そこで、昭和47年4月に佐世保地域広域市町村圏協議会(1市13ヶ町)が発足し、広域行政の根幹事業として圏域内消防の常備化を図ることが決定されるに伴い、昭和48年4月から広域圏を含めた消防業務を開始するに至りました。

昭和63年頃の勤務交代の様子

  現在、常備消防は平成16年、17年、18年、22年の市町村合併に伴い、2市5町を管轄区域として、消防局を中心に市内に中央消防署・東消防署・西消防署のほか6出張所及び1分所を配置しており、また広域圏には7出張所を配置しております。
  そして消防車両等47台と救急車19台(うち2台は予備車両)を配備し、延べ373名の職員をもって24時間体制で緊急出動に備えています。

  この他市内には、1本部6中隊60分団によって構成される消防団(非常備の消防隊で、普段は自身の生業に従事しながら、災害が発生した場合に各種の防災活動に従事する)があり、消防車両等106台・延べ1,725名の消防団員が佐世保市民の生命や財産を守るため活躍しています。

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